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話し合いは戦いなのか?

ものごとがまずい方向へいくと、往々にして私たちの最初の反応は戦うことだ。暴力ではないが、話し合いや交渉に比べ、怒鳴り合いや口論が多い。それはなぜか?
哲学者で認知科学者のダニエル・デネットによれば、人間の脳には進化の過程で「戦争のメタファー」が組み込まれていて、他者との不一致を戦争という観点で理解し、行動する回路が備わっているからだという。
戦争においては、どちらかが征服される。それは事実や論理による話し合いではなく、命懸けの戦いだ。どちらが真に正しいかに関係なく、片方が勝てば、他方は負け。ほぼすべての会話でも、勝者か敗者かという地位が懸かっている。誰しも、自分のほうが愚かに見えることを望まない。したがって、デネットが指摘するように、私たちは、諭された側イコール敗北という状況をつくり上げてしまうのだ。
たとえあなたが手堅い証拠と完璧な論理性を武器に反論者を追いつめたとしても、その結果どうなるか? 相手は譲歩しても、間違いなくあなたのことを憎むだろう。勝ち負けに持ちこめば、どちらの側も実質的に敗者になる。
臨床心理士のアル・バーンステインも同意見で、「ゴジラ対ラドン効果」と名づけた。もし相手が怒鳴りだし、あなたも怒鳴りだせば両者は「戦争のメタファー」をたどることになり、ビルがなぎ倒される。東京じゅうが破壊され、収穫はほとんど何もない。

話し合いはよく「勝った負けた」という印象を双方に与えがちだ。ネットでも良く「論破した」という表現を度々見かけることがある。特にTwitterの普及によって、顔を合わせずに話し合う機会が増えたのが一因にも思う。相手の顔が見えない話し合いは、配慮が欠け、特に攻撃的になりがちだ。
話し合いに勝った後に残るものは、上記の記事にもあるとおり、なぎ倒されたビルなのだ。「合う」の語意には、調和が含まれている。話し合いを「戦い」にせず、「歩み寄り」にする意識が、話し「合う」ではないだろうか。自分自身もビルを壊しあうようなコミュニケーションは避けたいと思う。

[参照サイト]
PRESIDENT Online
コトバンク

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