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「面倒くさい」を超えて

日本人にアンケートをとって「他者と深く対話し、その前後で、その人との関係性が完全に別物になった」という経験がある人はいったい何%くらいいるのでしょうか? 体感的には1%もいない気がします。

 

これには実は理由があって、日本人は「共感」というものを1種類しか知らないことが多いからだと思います。

 

日本人にとっての共感というのは、「私も同じ経験したことがある」というシンパシー、つまり同質性からくる共感がほとんどです。しかし対話を経た後の共感はエンパシー 、それは異質性からくる共感であり「こんなにも価値観と世界観が違う私とあなたが一つの理解を得られたという協働の喜び」です。

 

他者と話すときの前提が、シンパシー・ベースの共感がほしい、今の自分を承認してほしい褒めてほしいということしか求めてない人とは、基本的には対話はできない。

 

私とあなたは独立した、別々の世界観をもっている人間であり、私の世界観にもあなたの世界観にも必ず一理の真理がある。そんなエンパシーを基盤にしたコミュニケーションを楽しもうとする人としか、実際には対話ができないのです。

ただ言葉を投げ合い満足するだけの行為は簡単ですが、価値観や文化の異なる人物と、相手のバックグラウンドを理解し、想いを汲み取りながら話す・・・などということは、もちろん大切なこと。けれど普段から意識できる・慣れている人でなければ、正直なところ中々に「気疲れする」し「面倒くさい」もののように思われます。

 

しかしもう一歩踏み込んで、面倒くささ、を超えた先には『エンパシー』という共感が待っていると言います。単なる同調的な共感ではなく、相手との異質性から生まれる共感です。そしてエンパシー・ベースで話す人と、そうでない人との差は「社会や他者に対する世界観の違い」として現れます。

・・・なんだか難しそうにも聞こえるこの仕組み。深いコミュニケーションやより豊かな人間関係を築くためのヒントだと思うのです。面倒くささ、のその先の喜びに触れるべく、新たな世界観に触れてみたいものです。

信岡良亮氏

株式会社アスノオト代表、さとのば大学構想発起人、人口減少社会研究家

[参照サイト]
対話、めんどくさくね? でもその先には、違う世界観に接して視野が広がる喜びがあるのかも。

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