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話し合いに緊張感を取り戻す

話し合いとは、「話し手と聞き手のあいだのコミニケーション」という理解が一般的だろう。

これまでsynでは、話し手にとって言葉を発しやすい環境をどのようにつくるか、聞き手の傾聴力はいかに重要かなど、主に話し合いの当事者の立場からコミニケーションについて考えを深めてきた。

 

そこで今回は少しだけ視点を変えてみようと思う。

よい話し合いは当事者だけでなく「第三者に働きかける力をもつ」と仮定してみたいのだ。

 

誰しも、第三者である観客の立場からよい話し合いに触れた経験が一度や二度はあるだろう。私自身、人の話を聞くことが好きな方なので、トークイベントに足をはこんだり、対談本を手にとる経験は多い。テレビ番組は普段あまり観ないのだけれど、NHKの「SWITCHインタビュー 達人達」という対談番組だけは機会があれば観るようにしている。たしか初めて観た回は、歌舞伎役者の市川猿之介さんとすずりを作る製硯師の青柳貴史さんの対談だった。活躍の場は違えど、伝統という大きな歴史の中で新たな挑戦を続けている2人の考えが、静かに同調していく様子がとても心地よかったことをおもいだす。他にも、料理研究家の土井善晴さん×スタイリストの原由美子さん、料理家の辰巳芳子さん×華道家の川瀬敏郎さんの回は心に残っている。現在、過去回のオンデマンド配信はしていないようで残念なのだが、いつか機会があれば全て観てみたいと感じるくらいには面白い番組だと思っている。気になる方はぜひチェックしていただきたい。

 

 

 

哲学者の祖といわれるソクラテスが、書き言葉ではなく話し言葉を重要視したのは有名な話だが、(そのことを私たちが知っているのは弟子であるプラトンがソクラテスの話を文字として記録した功績によるものだ)日本における時代を代表する思想の数々も、作家と批評家の対話によって築かれてきた側面がある。人と人の語り合いを通して生まれる言説は、時として社会全体にとっても有益な物語として受け入れられることがある。

よい話し合いは必ず第三者に評価されるというわけではないが、第三者に評価される話し合いはよい話し合いだといっても差し支えはないだろう。

ここには、話し手と聞き手のコミニケーションに加えて、演者と観客のあいだにもコミニケーションが発生しているといえる。

そう考えると、ただ外野から話し合いを聞いているだけの人も、広い意味での話し合いの参加者のような気がしてくる。観客にとっても面白い話し合いというのは、界隈の人にしか伝わらない専門用語の応酬であってはいけないし、話し合い当事者以外に全く関係のない内輪ネタであってもいけない。もっと外部へと開かれた、みえない誰かへ届くような話し合いである必要がある。魅力的な話し合いはどのように成立するのだろうか。

 

そのような第三者へと届く話し合いーー「対話のもつ公共性」について真摯に向き合い、実践している一人が哲学者で作家の東浩紀だ。

彼は哲学・思想家でありながら株式会社ゲンロンを運営し、書籍出版やトークイベントをはじめとした知の公共空間をつくるためのメディア活動を行っている。昨年には動画配信サイト「シラス」を開設し、対話の価値を社会へと発信する独自のプラットフォームづくりに取り組んでいる。

 

東は、自身の活動を貫く思想は「観客の創造」にあると語る。

“社会にとって必要で重要な対話は、皮肉なことに、つねにゲーム=見せものとしてしか成立しない。それゆえ、ぼくたちは、まずは対話という見せものを演出する場所をこそ作らなければならない。そしてその見せものを楽しむ観客=読者をこそ育てなければならない。”

(東浩紀『テーマパーク化する地球』2019 株式会社ゲンロン p277)

“ぼくたちはつねに「商品」を提供しています。そしてあくまでも商品に対して対価をもらうというかたちをとっている。

(略)

観客は信者ではありません。ファンでも支援者でもない。観客はたしかにゲンロンの活動に注目してくれます。うちが出すコンテンツも買ってくれます。でもつまらなくなったら買ってくれないし、店にも足を運ばなくなる。観客とのあいだにはそのような緊張関係があります。それが大事です。”

(東浩紀『ゲンロン戦記 知の観客をつくる』2020 中央公論新社 p251)

界隈の空気に忖度する村人でもなく、責任をもたない匿名的な旅人でもなく、一人の人間として思考ができる観客が「話し合い」の文化を育ててゆく。第三者に働きかける対話の実践は、話し合いの文化をつくることにつながるようだ。

 

また、東の取り組みは第三者のための対話がビジネスとして成り立っている点に大きな特徴がある。

人は彼の主催するトークイベント「ゲンロンカフェ」のどこに惹きつけられるのだろうか。

 

彼は、自身の話し合いの場づくりの特徴を以下のように述べている。

”ゲンロンカフェにはいくつか特徴がありますが、そのひとつは時間制限がないことです。

実際にゲンロンカフェを経営してわかったのは、ひとは一時間や2時間ではなにも本質的なことはしゃべらないということです。

これは経験からの数字でしかないですが、どうやらひとは、壇上で2時間くらいの時間が経ち、あるていど疲労が溜まり、それぞれが用意してきた発表の内容が尽きたところで、はじめて新しい発言をし、対話といえるものを始めるようなのです。登壇者の警戒心を解くためには、時間が十分にあること、またアルコールも含めてリラックスした雰囲気をつくることがとても大事です。”

(東浩紀『哲学の誤配』2019 株式会社ゲンロン p63)

観客に見られている緊張関係のもと、用意していた話題が尽きたあとに本当の対話がはじまる。

多くの人を魅了している話し合いは、予定調和をくずす仕掛けによって実現しているようだ。

 

 

 

フェイクニュースとポリコレで溢れる現在のインターネットでは、大小様々なコミニケーションの不和が散見される。2010年代はSNSのもつ負の効果が世界中に広がった10年だったといってもいいだろう。そこには自身のの発言に責任をともなう緊張関係もなければ、各派閥の言い分に変化が起こる気配もない。かつて夢みられた新しい連帯への希望は儚く消え去り、今や話し合うことが毒にすらなってしまう危険性を秘めている。

 

そんな時代状況の中で、東の取り組みはまともな対話の可能性を信じて世間から距離をとることで、結果的にこれまで出会わなかった新しい層に哲学のきっかけを届けることに成功している。

 

合理性ばかりが尊重される今の世の中には、いっけん無駄と思われるものが許容される場所が必要なのだろう。観客の視線を感じながら予定調和の外へと踏み出す勇気があってこそ、自分1人で考えられることを超えていける話し合いが生まれるのかもしれない。

 

「よい話し合いとはなにか」を探究する身としては、願わくば一人でも多くの人にとって話し合いが薬であってほしい。そのためには、話し合いにおける適度な緊張感ーー良質な観客の創造と予定調和の外へ踏み出す「意識」が大切なのではないか。

私はそこに話し合いの希望があるような気がしている。

東 浩紀(あずま ひろき)

1971年生まれ。東京都出身。哲学者・作家。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。 東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。株式会社ゲンロン前代表、同社で批評誌 『ゲンロン』を刊行。著書に『存在論的、郵便的』(新潮社、第21回サントリー学芸賞)、 『動物化するポストモダン』(講談社現代新書)、『クォンタム・ファミリーズ』 (新潮社、第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』(講談社)、『弱いつながり』 (幻冬舎)など多数。2017年刊行の『ゲンロン0 観光客の哲学』(ゲンロン)で 第71回毎日出版文化賞(人文・社会部門)を受賞。

[参照サイト]

思想・哲学をビジネスにするにあたって「ゲンロンがしないこと」は何だったか。東浩紀が振り返る『ゲンロン』の3年間【前編】/ FINDERS

シラス https://shirasu.io/

[参考書籍]

2019 株式会社ゲンロン 東浩紀 著『テーマパーク化する地球』

2019 株式会社ゲンロン 東浩紀 著『哲学の誤配』

2020 中央公論新社 東浩紀 著『ゲンロン戦記 知の観客をつくる』

 

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