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コロナと毛づくろいと対話

今年の向き合うISSUEは「よい話し合いとはなにか」だ。
このISSUEを考えていく中で普段何気なく使っている、話し合い/会話/対話/議論/討論などの話すに関する言葉について曖昧な認識なのでこれを機会に調べてみた。
「話し合い 類語」でGoogle検索をすると50程の類語が出てくる。談ずる/議論/論じ合う/弁論/討議/協議/対話/交渉/会議/相談/会話などなどだ。その中でも会話と対話についての違いを更に調べていくと精神科医の斎藤環さんの記事に出会った。
斎藤さんが考える会話と対話の違い。コロナ自粛における弊害がある状況での対話の重要性を述べられていた。synがこれから深めていく「よい話し合いとはなにか」においても参考になりそうな言葉があったので以下に引用をする。

誰の意見も尊重する空間を作ると、そこに余白が生まれてくる。

対話の目的は対話を継続することですから、結論は出ないほうがいいですね。結論を出さずに永遠におしゃべりをする。私はこれを“毛づくろい”と言っています。情報量はなくていいんです。毛づくろいってコミュニケーションではないですけど、情報量はないですから。だけど猿はそれをすることで親密さを確認していますよね。そんなことを人間も対話でできると思っています
synは毛づくろいを身に付けた。
毛づくろいのようなおしゃべりをすることを意識しながら、これからも「よい話し合い」に関する装備を見つけていきたい。

斎藤環(さいとうたまき)

1961年、岩手県生まれ。精神科医。筑波大学医学研究科博士課程修了。爽風会佐々木病院等を経て、筑波大学医学医療系社会精神保健学教授。専門は思春期・青年期の精神病理学、「ひきこもり」の治療・支援ならびに啓蒙活動。著書に『社会的ひきこもり』、『中高年ひきこもり』、『世界が土曜の夜の夢なら』(角川財団学芸賞)、『オープンダイアローグとは何か』、『「社会的うつ病」の治し方』ほか多数。

[参照サイト]
コロナの向こう側で(2) “会話”よりも“対話”を 斎藤環さん

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