日常を愛で続けるための美的鑑賞術
気を抜くと忙殺される毎日の中で、日々を手触りをもって生きるためには。そのために必要なのは「手触りのある日々」ではなく「日々に手触りを持つこと」なのかもしれません。自身が珍スポットマニアだったことから始まり、今ではさまざまなマニアの視点を活かした事業を行う、合同会社「別視点」代表の松澤茂信さん。別視点を持つことで日常が変化していく過程について、じっくりお伺いします。
松澤 茂信(まつざわ しげのぶ)
合同会社別視点代表取締役会長。
1982年東京都生まれ。上智大学経済学部卒。国内旅行業務取扱管理者。2011年から国内の「珍スポット」を紹介する「東京別視点ガイド」を運営し、1000カ所を超える店や人を訪ねている。イベント「マニアフェスタ」、マニアならではの別視点を活かした町のツアーなどを開催。
好きと収入のあいだを探す
——松澤さんは、最初からマニアフェスタなどの展開を見越して珍スポットを巡られていたのでしょうか?
松澤:いえ、そんなことはありませんでした。そもそも私は珍スポットマニアで、変わった観光地や、おかしなサービスを行う飲食店を巡るライターだったんです。その過程で珍スポットツアーも行うようになり、マニアの方とも知り合うようになりました。
——最初はただ自分の好きな珍スポットを巡っていただけなのが、次第にマニアの方に好きが移っていったんですね。
松澤:そうです。ツアーを行いながらマニアを取材して回るコンテンツを制作するようになり、次第に「マニアフェスタ」に繋がります。『マツコの知らない世界』や『タモリ倶楽部』などの番組に出るようなニッチなマニアに50~100組ほど出場してもらい、3000名ほどの入場者がありました。他にもマニアの方々と連携して、企業のサービスや商品のプロモーション、地域活性化や移住促進などにも取り掛かるように。派遣社員をしながらライター活動をしていたので、自営業で食べていくために「自分が好きで長くできること」と「ある程度の収入になりそうなこと」が重なるところを探していたんです。そこで見つけたのが「珍スポット」であり「マニア」でした。
——松澤さんの中で「マニア」の定義はあるんでしょうか?
松澤:特にありませんが、マニアフェスタでは「知識やコレクションの数を競う場にはしない」と決めています。熱量があればマニアである、と。例えば、最初は参加者だった方が、次のイベントで「ボンボニエールマニア」として出店されたんです。フランスの砂糖菓子を入れる容器のことをボンボニエールと言うのですが、マニアの熱量に触れて、自分が変わってしまった。別視点は場を提供するだけで、お客さんとのコミュニケーションはマニア自身が行うので、それによって生まれた変化だと思っています。

いかに無理せず、みんなで続けられるか
——松澤さんも、マニアの方々も、本気で探求したいという気持ちの原動力はどこにあるんでしょう。
松澤:人によって違いますが、だいたいは「知りたい」や「面白い」といった純粋な気持ちがスタートですね。ただ初期衝動はどんどん薄れていくので、長く続けるためには「自分の中での意味」を見出す必要があります。風景や感動にも慣れてくるので、より強い刺激を求めてしまう。私の場合も、経済合理性だけを考えれば絶対に選ばないことなので、なぜやっているんだ?という思いは襲ってきます。ただ、半分は義務感というか、これまで続けてきたから続けている、という気持ちもあります。もはや引くに引けないというか。
——今回のテーマでもある『続けるという営みについて』にも非常に繋がりますね。結果が見えないと続けにくかったり、そもそも何かをやり続けることそのものが大変なことだったり。松澤さんはどのように「続けて」こられたのでしょうか。
松澤:無理のない範囲で続けること。必ず何かをしなければならないと思わないほうが、続けやすいと思います。あとは、自分に合った続け方を見つけることでしょうか。儲かるとか、評判が良いとかは原動力に直結しやすいですが、まちを見る視点そのものには直結していません。しかし、人によっては本業にしていたり、収入を得ているからこそ続けられる方もいます。自分が進みたい道によって、続け方も人それぞれなので。そういった意味では、ひとりで続けようとせず、その道何十年の先輩の気概に触れたり、マニアの先輩たちと知り合ってさまざまな続け方を目の当たりにしたりすることは大切です。

「ある」と知るだけで「ない」と思っていたものが見えてくる
——過去に、マニアフェスタやツアーなどの活動を通して、他者の視点が変わっていく様を見ることはありましたか?
松澤:たくさんありますよ。例えば、道に落ちている手袋の写真を19年間撮り続けているマニアの方がいるんです。その方のツアーでは、毎回2時間の中で必ず7枚の手袋が見つかります。ツアーに参加すると、以降の日々でも街を歩いてると手袋を見つけてしまうんです。そこに「ある」と知る、その視点を植えられるだけで「ない」と思っていたものが見えるようになる。
——別視点ツアーの面白いところですよね。例えば歴史を知るまち歩きツアーの場合、情報は頭に入っても、以降の生活にはあまり影響がなかったりもします。一方で「視点」はどこへ行くにも持ち運びでき、目から取り外せないものなので、自分の街でも展開できるという面白さがある。
松澤:その方が築地市場を歩いたときの話がもっと面白くて。築地市場には、軍手がよく引っ掛けられているそうなんです。道に落ちたままではなく、目立つところに引っ掛けられている。職人さんたちの軍手は、自分の手に合うものを皆さん探して買っているそうで、亡くしたら困るものだという認識が町にあるんですよね。つまり、その町において「価値が高い」ことが、手袋ひとつから見えてくるんだと。

——対象物を愛でる過程で、まちの美しさや魅力が浮かび上がってくるんですね。
松澤:他にも「うそツアー」という浅草のガイドツアーでは、話すことのほとんどがうそなんです。例えば、架空のメーカーの工場があったという設定で、その工場で作っていた「ミョウガポン酢」という調味料のCMソングをみんなで聞いてみましょう、といったような。もちろん全部うそですよ。そのCMソングも、マニアフェスタに出店してくれている方が作ってくれたり。現実のまちの中には、知らないだけでそんなうそみたいな本物で溢れているんです。普段見過ごしている景色の中に、たくさんの意図があることを知れると面白いですよね。

視点ひとつで、世界を変えることができる
——企業に対する研修として、ツアーを行ったこともあるとお聞きしたんですが、それはある意味で、仕事とまったく関係のない別視点をインストールしていくような活動ですよね。
松澤:それだけでなく、すでにある別視点を引き出していく活動でもあるんです。例えば、鳥取県淀江町で住民と一緒にまち歩きをしていると、「道祖神」という丸い石棒のようなものの前に藁でつくった馬を置き「サイノカミ」と呼ぶ風習があることを知りました。その馬の作り手は今では数人しか残っていないので、ある人が見ると誰が作ったものかが分かるそうなんです。住民はいつも見ているので当たり前のことなんですが、よそ者の僕たちからすればアート作品のようで面白かった。そのサイノカミを巡るツアー案が出て、実際に採用されて次年度には有料のツアーになりました。その視点は住民にしか見つけられないものなので、私たちはそこに額縁を付けるだけで。「私には詳しいものがない」「自分の町には何もない」と思っても、丁寧に探っていくと、意外なところに別視点が転がっていたりします。
ただ、どうしても自分の持っているものは、自分では気付きにくい。マニアの方ですらも、自分の熱量や知識に価値があるのか?と不安を抱くことが多いんです。その人にとっては普通のことなので、有料のツアーとして開催する価値があるのだろうかと。詳しい何かを持っているマニアでさえ、自分の持っているものの価値には気付きにくい。だからこそ「よそ者」がそれって面白いよ!と額縁を付けてあげることが重要です。

——自分の持っている価値には気付きにくい。そういう意味では、先ほどの「ひとりで続けようとしない」にも繋がってきますね。その価値に、新たな視点に気付いた先はどんな道に続くのでしょうか。
松澤:先ほどの手袋を撮り続けている方の話なんですけど。片手袋が落ちていて、その200m先にもう片方が落ちていることがあったそうです。それは「片手袋」が落ちていたことになるのか、「両手袋」が落ちていたことになるのか。すぐ隣にあったら両手袋ですが、逆にどこまで離れていれば片手袋になるのか。最終的に、その方は片手袋のない普通の道まで「片手袋」だと言って撮り始めています。
——対象物の在り方を問い直すとでも言うのでしょうか。非常に仏教的な話にも聞こえてきます。
松澤:対象が際限なく広がっているんです。落ちている手袋から人間全てというか、社会や生き方全てを見ることに行き着きます。まさにその方の著作は、お坊さんの間で「色即是空」を書いていると話題になりました。視点ひとつで、世界の在り方が規定され、それは絶えず変わっていく。私たちが世界をどのように見るかで、世界そのものが生まれていくということです。
取材日:2024年2月26日