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地域での話し合いから生活をつくりなおす

伊庭 弥広(いば やひろ)

福知山市役所職員・5年目。龍谷大学政策学部政策学科卒業。

大学時代、政策実践探究演習において福知山市企画課が実施する政策マーケティング事業に参画し、福知山市民から無作為抽出により選ばれた100人で福知山市の未来を描く「福知山市民100人ミーティング」でファシリテーターを経験。

大学卒業後(平成28年度)、福知山市役所に入庁し、まちづくり推進課地域振興係(平成28年度~平成29年度)、産業観光課商業振興係(平成30年度~令和元年度)を経て、現在、人事交流派遣職員として舞鶴市役所に出向中。

職務で自治会や地域団体、子育て支援団体等と共にまちづくりの課題に取り組むほか、職務外でも棚田オーナー制度でのお米作りに参加するほか、有志職員数名で団体を設立し、福知山に関わり活動する人がその活動の背景にある夢や想いを語るフクユメという活動を行う。

プライベートでは、令和2年1月に第1子(男の子)が誕生し、一児のパパとして奮闘中。

利害や価値観を超える「話し合い」

伊庭:伊庭弥広と申します。在籍は福知山市役所ですが、現在は舞鶴市役所に出向しています。入庁してからは、まちづくり推進課、産業観光課で商業系の仕事をしてきました。今は舞鶴で観光の仕事をしているので、市民の方々と接する機会は結構多いと思います。学生時代から他世代の話し合いの場づくりに関わってきました。きちんとお答え出来るかどうかわかりませんが今日はよろしくお願いします。

 

——学生時代に話し合いの場づくりに関わっておられたとのことですが、伊庭さんが話し合いに興味を持ったきっかけからお伺いしたいと思います。

 

伊庭:きっかけは滋賀県守山市、京都府福知山市で行われた話し合いのプロジェクトですね。龍谷大学政策学部では、産官学民が協働して、利害、価値観が対立する中でどのように市民参加の話し合いをどのように進めていくかを学ぶ機会が多数あります。僕自身、話し合いの難しさや、話し合いを通して施策を決定するプロセスに興味があったので、参加してみました。

 

——それまでは、話し合いの場に参加したことはなかったのですか?

 

伊庭:ディベートや討論会、政策提案大会などには参加していたですが、話し合いを通じて場を築き上げていくようなワークショップに参加する機会はあまりなかったですね。そんな状況なのに、福知山市で実施された100人ミーティングというワークショップ企画で当日のファシリテーションを任されてしまったんです。(笑) そもそもこのミーティングの目的は何か、どのような順序で話を聞くかなど、必死で勉強して準備をしましたね。

 

——自治体が主催する企画のファシリテーターを突然任されるってなかなか大変なお話ですね..。笑 その時のことは覚えていますか?

 

伊庭:先輩からもいじられたのですが、事前に準備をしすぎて話し合いを誘導してしまったことを覚えています。企画の目的を設計する段階から関わっていたので、行政にとって欲しい意見や結論を無理に引き出そうとしてしまったのが理由です。ワークショップの問いは「幸せを生きるについてどう思いますか?」「地元をいい町にするためにはどうすればいいですか」の2つだったので、正しい答えはありません。多様で自由な意見を聞くための場だったのですが、総合計画を読んで準備しているうちについ。。終わってからその点を指摘されて反省したことをすごく覚えています。(苦笑)

 

——話の流れを理想的な方向へ誘導してしまいそうになる気持ちはよくわかります。強く記憶に残る「話し合い」との出会いを経て、行政職員となった今の伊庭さんが「話し合い」をどのように捉えておられるかが気になります。

 

伊庭:様々な会議や話し合いに参加する中で、関係者の合意を得なくてはならない時には、ちゃんと話し合いの場を設けることが大切だと感じていますね。しかし、意思決定や政治的な正当性のためだけに話し合いの場を持つことは、1番やってはいけないと思っています。とりあえず色々な利害関係者を呼んで、会議を開いて合意を取り付けました、みんなで意思決定しました、と言うだけの場づくりは駄目でしょう。

 

——アリバイとしての形式的な話し合いに価値はなく、みんなが話し合った中から生まれる合意や気づきこそが大事だということですね。

 

伊庭:そうです。職場の同僚は、駄目な話し合いが起きる理由を「行政としての目的をきちんと相手に伝えられてないことが原因なのではないか」と言っていました。行政と参加者の双方が実施したい会議であれば問題ないのですが、そうでない場合は行政がしっかり目的を設定して、なぜあなたに参加してほしいのかを説明する必要があります。なぜ話し合いに呼ばれて、何を求められているのかということを、理解するだけでなく共感してもらえるとよりよいのかなと思っています。たくさんの意見を持っていたり、問題について深く考えている人がいたとしても、主体的に参加してもらわないと良い場は生まれません。最近は地域住民の方と会議をする機会が増えたので、始まる最初の段階で話をしたい内容や熱意をしっかり伝えるように心がけています。

 

——地域社会の中では、目的意識をもった話しあいだけではなく、とりあえず話しあいをする(したい)という場も結構あるように思います。どちらも大切だとは思うのですが。

 

伊庭:僕は、色々な人を集めてざっくばらんに目的のない話をするのも好きです。そこに意味はなくても良いのかもしれませんが、「意味を求めていない」という会の趣旨はきちんと説明するべきだと思います。それを理解し、共感した人が参加しないと、誰かが納得しないことになってしまいます。徹底的にあるテーマについて議論する会なのか、ざっくばらんに思っていることを話しあう会なのか、その場の趣旨や目的は説明すべきだと思っています。

 

——誰でも参加できる「目的のない話しあい」だとわかっていれば、参加したいという人も一定数いる気がします。主催者と参加者がお互いに、正直な思いを伝えることは、よい話し合いに必要な条件かもしれないですね。昔であれば、玄関先や道端でざっくばらんに思っていることを話し合う井戸端会議が頻繁に起こっていました。わざわざ話し合いの場を作らなくても、話し合いが習慣化されていたんだと思います。見方を変えると、今は行政が話し合いの場を作らなくてはいけない時代ともいえそうです。

 

伊庭:そうですね。僕もすっかり公務員なので、企画を始めるときに「目的は何か」「どこの誰にいつ話を聞いたのか」「議事録はあるのか」「○○さんは合意しているのか」といったことをよく問われます。確かにそこを無視して企画を進めると、場を私物化してしまいますし、担当者の価値観で企画を作ってしまう可能性もあります。正統性や公平性のためにも、みんなで合意したというエビデンスは必要です。だけど、よい企画の種は目的のない場や井戸端会議のような雑談から生まれることの方が多い気がしますね。

 

——それでも行政が市民の話し合いの場をつくる意義をどのようにお考えでしょうか? 

 

伊庭:やはり色々な利害や価値観を知らないといけないからではないでしょうか。また、利害関係者という関係性のまま終わらせたらだめでしょうし、色々な市民同士が思い合って色々な場で意見を言う機会も持たないといけないと思います。話し合いの場で参加者の意見がどんどん変わるような、既成概念が壊されることも大切だと思います。場の設定によって、色々な目的や意義があるのかもしれませんね。

 

——話し合いは、私たちが多様性を再確認する場でもあるのですね。そのためには地域に存在するたくさんの声に耳を傾けることが必要なように思います

 

伊庭:そうですね。話し合いへの参加者層が固まることに対しては、常に問題意識をもっています。広く多くの方が主体的に関われる場をつくることが目標ですね。

話し合いのための制度設計

——今回お話を伺うにあたって、伊庭さんが大切にされているという書籍『「学ぶ、考える、話しあう」討論型世論調査―議論の新しい仕組み―』 (ソトコト新書) を拝読しました。この本では、討論型世論調査(※1)という話し合いの手法が紹介されていますね。

 

討論型世論調査(※1)

世論調査に、調査対象者が討論して対象テーマへの知見や理解を深める「熟議」を組み込んだ調査手法。無作為抽出による世論調査の回答者から討論会への参加者を募り、資料を参考にした小集団での討論や専門家との質疑を経たうえで、あらためて最初と同じテーマのアンケート調査を行い、意見がどのように変化するかを探る方法をとる。1988年にアメリカのスタンフォード大学教授フィシュキンJames S. Fishkin(1948- )らによって考案された社会実験で、その名称Deliberative Polling(DP)は同大学CDD(Center for Deliberative Democracy)の登録商標である。

伊庭:この本からは本当に多くを学びました。私が参画した福知山100人ミーティング(※2)は、龍谷大学政策学部教授である只友景士氏が市民討議会ネットワークが行っている日本版市民討議会をモデルに考案したもので、福知山市が取り組む政策マーケティング事業のメイン事業として官学連携によって行われてきた取り組みです。無作為抽出により選ばれた市民に参加していただき、1日かけて福知山市の未来について話し合い、そこでの意見を総合計画に反映させたり、各担当課にフィードバックすることで拾いきれない意見を行政に反映するとともに、話し合いを通じて「市民性を涵養する」ということを目的に取り組んできました。話し合いのテーマは当日まで参加者に明かしません。というのも、持論を持ちよって討論をしてもらう場ではないという思いからでした。一方で、なにかについて話し合う時には前提の知識や情報も大事です。いきなり話し合いの場に呼ばれて「いい街にするにはどうしたらいいですか?」と突然聞かれても、困ってしまうのではないでしょうか。子供を家に預けて、貴重な時間を利用して話し合いの場に来ているのに、何をするのか事前に知らされないのは誠実ではないとおっしゃる方もいます。話し合いの場をつくる際は、やはり参加者自身にも前提情報をきちんと伝えて、各自で考えてから参加してもらうことも大事だと思っています。

 

——普段考えることのないテーマについて話し合う場合は、事前情報のような補助線がないと難しい気がします。討論型世論調査では、事前にテーマに関する情報をきちんと伝えることや、話し合いの参加者を市民から無作為抽出で行うなど、良い話し合いを行うためのルールが設定されていますよね。

 

伊庭:討論型世論調査は広い方を対象に無作為抽出でランダムに参加者を決定します。世論調査とは言いつつも、話し合いによる参加者の意見変容や市民の学びに価値を置いているので、時間をかけてゆっくりと、意見を聞いていく手法といえますしかし、今回のコロナ禍のようにスピード感を持って実行しなければならない場合もあります。実務的で行政チックな話になりますが、スピード感を重視するのであれば有識者の話を聞いたり、関連団体に意見を伺うなどが効率的ですね。様々な条件を考慮した上で、適切な制度を設計するのが大切だと思います。

 

——無作為抽出という方法はランダムに民意を問う仕組みのようにみえますが、案内が来ても参加してみたい人と参加したくない人がいるはずです。参加したくない人も含めて市民なんですが、そのような方々の声を聞くには限界がありそうですよね。

 

伊庭:まさにおっしゃった通りです。無作為抽出と言いつつ、集まる方はある程度の興味がある人で、多少のバイアスがかかっているかもしれません。また、無作為抽出で100人を選ぶ際は、確か約2千人に案内を送って80人ぐらいが参加してくれるという感じだったと思います。そうなると、残りの人々の意見はどうなのかという話にもなります。

それに対して、討論型世論調査のモデルになったドイツのプラーヌンクスツェレは、参加者に対して経済的なインセンティブを置いています。地域が抱える課題や政治に全く興味がなくても、参加しようと思えるようなインセンティブを与えるのです。正当な対価を支払った上で、長期間市民を拘束して、きちんと説明をして事前知識を入れて話し合うのです。僕の卒業論文は、討論型世論調査を参考に設計された福知山市の「100人ミーティング」を批判的に考察する内容でした。100人ミーティングはあれでよかったのか?という思いが強かったので、敢えて批判的に考察して建設的に改善を試みたいと考えていました。例えば、先ほど話した参加者に話し合いの前提となる情報を事前に伝えておくことについて、100人ミーティングでは事前にテーマは開示されず、当日に配布された資料だけではその場ですぐに理解できるような簡易なものではなかった上、どういった論争的な課題があるのかなどがわかるものではなかったことを挙げました。これによってそこでの話し合いについては、熟考・熟慮された深層的な意見ではなく、直感的で、率直で表層的な意見が尊重されてしまい、本来大切にしたかった多様な個性や価値観が集まった話し合いの中での気づきなどが生まれにくかったのではないかということ。あくまで敢えて批判的に考えたことではありますが…。

100人ミーティングはまちの総合的な問題を年に1回話し合う企画なのですが、もっと小さく様々なテーマについていろんなコミュニティで話し合いの場が持たれていくことがまちを変えるのではないかと考えています。

 

——よい話し合いを実現するためには、制度設計以外にも目を向ける必要がありそうですね。

 

伊庭:話し合いの素地が地域に醸成されるには、成功体験のようなものが積み上がっていくことも大事だと思っています。そのためには行政職員も1人の個人として、小さなテーマから市民の方々と信頼を築き上げていくということも必要だと感じています。

小さな話し合いから生活をつくりかえる

——先ほど、多様な立場の人々に話し合いに参加してもらうことが重要だというお話がありましたが、その必要性をどのような部分で感じていらっしゃいますか? 

 

伊庭:自分とは違う世代、持ち場や立場が違う人と話し合うことの意義は、色々な気付きがある点だと思います。例えば、最近参加したセミナーで、ある参加者が「公共交通」に課題があるとおっしゃっていました。それを聞いて、僕は高齢者が抱える移動の課題を想像しました。しかし、その発言をした人は、高校生になる自分の子供のことで問題提起をされていたんです。子供が高校生になるのだけれども、行きたい高校に行くためには毎日車で送らなくてはならなかったり、自転車で40分かけて行かなくてはならなかったりという状況があったのです。僕は中学生や高校生の娘がいるわけでもありませんし、僕自身福知山で中学時代や高校時代を過ごしたわけでもありません。自分と違う経験をされてきた世代の方から教えてもらう気付きは多いですね。

 

——なるほど。置かれている環境や立場によってみえる課題は変わってくるわけですね。1人の個人が生活の中で日々感じていることが、誰かの新しい気づきになると。

 

伊庭:過去に、子育て世代の方を夜の会議にお呼びしたことがあるのですが、なんでもない会議に呼び出さないでほしいと怒られたことがあります。今はひしひしと反省を深めています。。また私も自分の子供が生まれたことで、将来世代について自分事として考えられるようになりました。「この子の20年後のためには」という視点をもった子育て世代の意見はまちにとっても大事なものだと思います。

 

——当事者になったからこそ理解できることがありますよね。

 

伊庭:一方で、話し合いを通して人々が変わっていく姿もたくさん見てきました。1つ覚えているのは、100人ミーティングで、まちの課題やその解決策について話し合ったときのこと。様々な地域課題に対して「市役所ができること」について多くの意見、というより要望が参加者から出てきていたとき、「自助・共助・公助」の概念を提示したら、40代くらいの女性が「自分ができること」「みんなでできること」という視点にすごく共感してくださり、たくさん発言してくださったことがあったんです。そして100人ミーティングが終わって帰る間際に、その方が、地域の絵本の読み聞かせ活動に参加することにしたと笑顔で話してくださったのは今でも覚えています。

 

——話し合いの場で新しい気づきや認識が生まれたんですね。規模や成果が大きくなくとも、話し合いによる小さな変化をまちの中に増やしていくのは大切な気がします。

 

伊庭:話し合いは地域をより良くする原動力です。「場」という意味だけではなく、醸成していくべき「風土」のようなものといえるんじゃないでしょうか。

 

——お話をうかがっていて、討論型世論調査や100人ミーティングのような制度設計で大きな市民参加を目指す場づくりから、小さくとも私たちの日常に変化を生む具体的な話し合いへと伊庭さんの関心が推移しているように感じました。私たちも、普段あたり前に行っている身近なコミニケーションから「よい話し合い」を見つめなおしてみようと思います。

取材:中田 愛 小野 賢也

編集:田中 友悟

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